広島高等裁判所 昭和28年(う)153号 判決
所論は被告人は右犯行当時泥酔の結果心神喪失の状態に在つたものであると主張するけれども、当時右自動三輪車を操縦運転し得たこと自体に徴しても心神喪失の状態に在つたものとは認め難く、右は原判決の認定するようにせいぜい心神耗弱の程度であつたと認むべきものである。更に所論は、原判決が心神耗弱の状況にある者の注意義務を正常な精神状態に在る者の注意力を標準として決定し、これに重過失を以て問擬しているのは不当であると主張するけれども、注意義務は行為者に関係なく客観的に正常の精神状態に在る通常人を標準として定むべきものであつて、被告人は当時この注意義務を果すことは可能であつたから原判決が被告人に重過失の責任ありと認定したのは相当である。而して原判決は一面当時の被告人の精神状態を案じて酩酊による心神耗弱を認め責任能力の点から減軽を施したものであるから所論のような矛盾があるとは云えない。